
【第1回】 フジスタッフ経営企画部 田村知子
私は生まれつき耳が聞こえません。聴覚しょうがい者です。それが分かったのが1歳半の頃。それから現在まで、音のある今の世界に、音を持たない1人の人間が生きてきました。
子供の頃は出来なかった遊び。それは「かくれんぼ」、「だるまさんがころんだ」「かごめかごめ」聞こえない子供は聞こえないなりに、ルールを作って似た遊びをしたものでした。手が言葉の代わりになり、目が耳の代わりになり、手と目で言葉を覚え、そうして世の中が急成長していくにつれ、FAX、ポケベル、携帯…ワープロもパソコンに変わりました。
社会に出てから、いろいろな人と出会いました。世の中、いろいろな人がいる事を知りました。例えば勧誘が来ても、聞こえないって便利です。「私、聞こえない」と言うと大抵の人は逃げて行きます。それでも逃げない稀な人もたまにいますが。(仕事ですからね。)
聞こえないと分かると逃げる人、逃げない人。親切な人、そうでない人。聞こえない事で立ちはだかる壁。健常者なら楽に乗り越えられる壁を、悩み苦しみながら乗り越えていく。
チャレンジド…しょうがい者に代わる言葉で「挑戦という使命や課題、チャンスを与えられた人」という意味。そうならば、私に与えられた「聞こえない」というチャンスは何のためなのか、今の私には理解できます。乗り越えられる力を持ちたい。今までたくさんの壁を乗り越えてきたのだから、もっと乗り越えられる「強さ」を身につけたい、と思えます。
音のない世界を私に与えてくれた、気まぐれな神様にちょっとだけ詩を贈ります。
「気まぐれな神様へ」
そりゃあないよ!神様!
と何度恨んだことでしょう
でも
音のない世界に生かせてくれて
ありがとう!
と何度感謝したことでしょう