
【第3回】 フジスタッフ静岡支店 芳賀健吾
16歳の時、交通事故で脊髄を損傷しました。事故を起こし病院に運ばれ、足が動かないことに気付きました。はじめは骨折しているのだろうとくらいに思っていましたが、何日たっても足の感覚が戻らず、ずっとしびれている状態でした。その後、病院の先生に「今後は車椅子の生活になる」と言われました。自分でも薄々気付いてはいましたが、直接言われ、涙が止まりませんでした。当時、障害についての知識は全くなく、将来がどうなるのかとても不安で、すべてにおいて介護が必要になるのだとばかり思っていました。ずいぶん落ち込みました。
しかし、自立をめざしてリハビリを頑張り、問題なく日常生活を送ることができるようになる見通しが得られたときはほんとにうれしかったです。現在は、色々な事に挑戦したいという思いが強く、スキーやスキューバダイビングなども経験しました。今後も車椅子でもできることは、何でも経験していきたいと思っています。
職業訓練校で同じ障害を持つ友達に車椅子バスケットに誘われ、リハビリのつもりで始めました。初めは、シュートも届かず、車椅子の操作をするのが精一杯で、楽しむどころではありませんでしたが、練習するにつれ、楽しくなり真剣にバスケットに取り組むようになりました。車椅子バスケットボールは障害の重い選手も軽い選手も等しく試合に出場するため、各々障害レベルの重い順から1.0〜4.5の持ち点が決められていて、コート上の5人の持ち点の合計が14を超えないようになっているのです。
私は障害のレベルが一番重い1.0点の点数が付いています。障害が軽い選手に比べ動きが遅くなってしまい、役割も決まってしまいます。シュートを決めるより、地味で目立たないプレーが多くなってきますが、動きの早い選手の動きを先読みし、うまくディフェンスできた時やアシストすることが出来た時は、とてもうれしいです。また、激しく車椅子同士がぶつかりあったり、車椅子をうまく操作しての、ポジションの取り合いは、車椅子バスケットで一番面白いところだと思っています。車椅子バスケットは、車椅子ではあっても思いっきり身体を動かし、ぶつかったりするはげしいスポーツで、一つの競技としてしっかりしていたことなどに魅力を感じて、練習を頑張るようになりました。
昨年8月、車椅子バスケットボールアジア交流大会に東海・北陸ブロック選抜の選手として選ばれ参加しました。結果は準優勝でしたがアジアの国々の選手と交流を深めることができ、また、外国の選手と試合することでとてもよい経験が得られました。特に最近は中国などが力を入れてきています。平成17年には愛知県代表として出場し3位になった経験もあり、今年の大会も県代表として予選を勝ち抜くよう頑張りたいと思います。
昨年12月に、大会の運営ボランティアーとして来ていた彼女と知り合い結婚しました。 しょうがいの事はよく分かった人なので、仕事とバスケを両立できるよう応援してくれると思います。何事にも全力でぶつかっていきたいと思っています。