
【第10回】 フジスタッフ西那須野支店 窪田香織
「本当なの??ぜんぜん分からないよ。」
見ただけでは分からない私の姿。初めて会った人達は、私の耳が聞こえないことを知ると、驚いてみなさんが必ず言う言葉です。私は2歳のときに原因不明で耳が聞こえなくなりました。普通の家庭で生活し、普通に会話して、何の不自由もなく遊んで過ごしてきた普通の女の子でした。
ある時、保母の先生が、私の名前を呼んでも振り向かないことに気づき、両親に伝えました。両親はショックだったと思います。でも、私は普通に会話をしていたのです。ずっと皆さんの口の動きを見て会話をするのが当たり前だと思っていました。初めて「補聴器」というものを耳に取り付け、音のある世界を知りました。雑音で、誰かの声が入ると不安な音の世界。聞き慣れないことで違和感があり、補聴器を付けずに生活をした時期もありました。ありのままの自分がいいと思ったのです。普通の小学校に通い「なぜ自分だけ補聴器?」と疑問を感じ、聴覚しょうがい者であることを理解しました。
「耳が聞こえないママだよ。」
男の子3人の母親である私。
「ママを呼ぶ時は、肩をポンポンたたいてね〜♪」
ありのままの自分で精一杯子育てをしています。
小さな子供達は、産まれた時からママの姿をたくさん見て、ママの周りにいる聞こえない友人達に出会い、手話という世界に自然にふれ、今では、理解のある子供達に育っています。ゆっくりと口を動かして話してくれます。時々覚えたばかりの手話も使ってくれます。それがきっかけで、保育園の「発表会」では毎年、手話で歌ってくれます。また、「手話を教えて〜」と保育園児にも声をかけられ、保母さんになりたい!と思ったほど、私は本当に幸せです。4月からは、長男は小学2年生、次男は小学1年生、三男は保育園年中です。
子育ても一段落し、温かく見守る夫の支えと子供達の理解もあり、2年ほど前からフジスタッフで働いています。 「就職するなら、事務やパソコン関係のお仕事がしたい」初めて社会人としての就職活動。どこでも「電話が出来ない」という理由で断られ、あきらめて製造業に勤めていました。でも、5年の主婦業から再就職することを考えた時に、希望の事務職でパソコンに携わる仕事を与えてくれたのがフジスタッフです。 今では、社内でチャレンジド社員研修があると、同じ聴覚しょうがい者の仲間達に会えて手話で語り合える楽しみがあり、おかげでお仕事も続けていられます。
支店の仲間にも恵まれ支えられ、チャレンジドのお手本となるように、日々楽しく過ごし興味のある資格取得など、何事にもチャレンジ精神で頑張りたいと思っています。 「ママ、きょうもおしごとがんばってね!」 毎朝言ってくれる子供達の言葉で1日がスイッチオンです!