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フジスタッフチャレンジド社員のリレーコラム

【第12回】 フジスタッフ足利支店 植竹陽子

  • 仕事の内容…営業事務

一歩・二歩・三歩

2007年10月15日

はじめまして。足利支店の植竹陽子と申します。

まさか、「三人の子持ち主婦」「病気持ち(しょうがい)」のこんな条件の私が就職できるなんて、思いもしませんでした。私を含めて家族も就職をあきらめていました。

私には、両下肢に「変形性股関節症」という進行性の病気があります。3人目の子を出産後、足の付け根に激痛があり、この病気が見つかりました。元々、生まれつき私には股関節に異常があり、歩き始める頃、固定ギブスを装着して治療していました。しかしそのうち、普通に歩けるようになり、治療も要らなくなりました。その後、足の痛みを感じながらも、普通に走ったり、運動もしていました。その頃は『健康状態:良好、趣味:スキー』と履歴書に記入出来て、普通に就職し結婚もして3人の子宝にも恵まれました。その時は、その後一生涯、治ることのない病気になり、しょうがいを持つことになるなんて、思いもしませんでした。

病気が見つかった時は、もうすでに股関節の変形が末期状態でした。両杖を使用すること、重い物を持たないこと、体重を増やさないこと、なるべく足に負担を掛けないことで、進行を食い止めるようにと主治医から言われました。しかし、杖を使うことに抵抗を感じ、生後まもない赤ん坊を育てるのに抱っこしない訳にはいかないし、通院リハビリもその頃はあまり必要性を感じずにいました。しかし徐々に右足の痛みが強くなってきて、耐えられなくなり、3年後に手術、約4ヶ月入院をしました。その後、リハビリを兼ねてスポーツクラブに毎日通う生活をおくりそれによって体力作りをし、主治医からの「言いつけ」も守りました。

こんな私でも何か出来ることがあるだろうか、と思い就職活動を始めましたが、「三人の子持ち主婦」「病気持ち(しょうがい)」の2重のネックはあまりにも不利でした。病気を持ちながらの就職は所詮ムリなこととあきらめて忘れていた頃、突然、しょうがい者に理解のある企業からお話しがあると、ハローワークの担当者から紹介を受けました。その会社がフジスタッフでした。履歴書を送付し、すぐ連絡を頂き面接をし、とんとん拍子に就職が決まりました。あれだけ困難だと思っていた私には夢のような現実でした。

リハビリを兼ねて毎週水曜日午前中にスポーツクラブに通いながら、短時間勤務で仕事をさせていただいております。自分の病気と上手く付き合いながら仕事をして3年経ちましたが、出来る限り自分のできる仕事には、今後もチャレンジさせて頂きたいと思っています。いい会社・いい職場・いい同僚に巡り会え、そして、しょうがいのある仲間にも巡り会うことができて、今、幸せに思っています。

この病気になっていなかったら、出会えなかったかもしれない人々。今ではこの病気に感謝しています。進行性の病気です、上手く付き合っていこうと思っています。せっかく与えられた、諦めかけていた仕事ですから、少しずつですが、自分に出来ることを探して、一生懸命頑張りたいと思っています。

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