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フジスタッフチャレンジド社員のリレーコラム

【第20回】 フジスタッフ高松支店 亀井啓三

  • 仕事の内容…営業事務

もうひとつの人生

2008年2月18日

絶望していました。これからどうなるんだろう。
気がつくと病院のベッドの上。目の見え方がおかしい、右手が動かない…。どうやらバイクの事故で入院したようです。頭を強く打ち2日ほど意識がなかったようで、事故の記憶はありません。日が経つにつれ状況がはっきりしてきました。後遺障害です。幸い大きな外傷はありませんでしたが、第6・第7頚椎骨折、脳挫傷などの結果、半身麻痺や視野狭窄(両眼)、動眼神経麻痺と瞳孔拡散(左)といった障害が残ってしまいました。平成4年の春でした。

震える手では、箸を使うのも、字を書くのも四苦八苦。そして左右の目は、共に右半分だけの視野しかありません。また左目は麻痺のため焦点が合わず、常に物が二重にずれて見えます。ですから例えば満月に目をむけると、右半分だけの月が二つ見えてしまうのです。さらに左目だけは、間近から懐中電灯を当てられているように常に眩しいのでした。

失ったものを取り戻すことは、もうできません。うまく動かない体で、まともに見えていない目で、何とかやっていく以外ないのです。病室の天井を見上げながら途方にくれていました。見た目は普通でも、もう車やバイクの運転なんてできないし、何をするにも人より遅れ、エネルギーを余計に必要とし、簡単に消耗してしまう。さながら羽根をもがれた鳥のような感覚です。この体のまま社会復帰して、果たしてやっていけるのだろうか。不安の毎日でした。こうなってみると、五体満足に、当たり前の体を持っているということ・ただそれだけのことが、如何にありがたいことなのか、痛感せざるを得ません。

あるとき疑問が浮かびました。体に不自由のないうちに、果たして自分は精一杯生きてきただろうか?せめてこれからは、自分に残された可能性を全て使い切ってしまわなければ、いつか後悔することになるのではないか、と。そう思い始めると、居ても立ってもいられなくなって来ました。迷っている暇は無い。やるしかないのです。
いまの自分に、何ができる?そうだ、右手が駄目なら左手でペンを持てばいい。開いた瞳孔も、特殊な目薬を使えば眩しさを抑えられる。外に出るのが駄目なら、内勤で役に立てる仕事を選べばいいじゃないか。幸い私には、コンピュータに関する多少の知識と興味がありました。ただ仕事に使えるほどではなく、”初級システムアドミニストレータ”という資格への挑戦を通じて、一定のレベルにまで引き上げる必要がありました。一般の企業で働きながら、自分の道を探していたのです。

そしていまフジスタッフに入社でき、高松支店の役に立てることが、私の喜びになりました。普段はスタッフのデータ入力や登録シートのファイリング、スキルシートの作成や有給データ管理などの業務を任せていただいていますが、それ以外にも依頼を受けた文書・表の作成やトラブル対応など、多くの場面で身に付けた技能を活かせている、と実感しています。活躍できる場を与えられたことに感謝の日々です。
そして支店長をはじめ、営業やコーディネーターの方々が常に私の障害に気を使って下さいます。そのおかげで、私はのびのびと業務に当たる事ができています。私は自分の出来る事を懸命にこなして、この素晴らしいメンバーに報いたい。そしていつも支店の皆が笑顔でいられるよう、切に願っています。

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