区名がパソコンで表示できない! |
東京は下町に「葛飾区(かつしかく)」という区があります。寅さんで有名になった柴又帝釈天のある区ですが、実はこの区の正式名称は「葛飾区」ではありません。
下に同区の公式サイトのWebページを掲げましたが、その左上の区名表示をじっくりとご覧になってください。「葛飾」の「葛」字の左下の部分が「ヒ」ではなく、「人」+「」になっているかと思います(図1)。 |
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葛飾区にお住まいの方であれば、区から届く文書や区役所・学校などの看板などでご存じだと思いますが、同区では区を表現するときに上掲の「人」+「」の字形を使うのを公式としています。
そもそも「葛」は「葛粉(くずこ)」や「葛湯(くずゆ)」などの「葛(くず)」をあらわす漢字で、漢和辞典を見ると、この2つの字形のどちらかが見出しとして掲げられていて、もう片方がその異体字といった説明で載っています。「異体字」とは起源を同じにする漢字で、漢字の長い歴史の中で字の形が変わってしまった漢字を指します。歴史的により古い字形を「旧字体」、より新しい字形を「新字体」と呼ぶこともあります。
しかし、前掲の葛飾区のWebページをもう一度よ〜く見ると、「葛飾区」の表記となっているところもあります(図2)。 |
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【図2】
Webページ上では「葛飾区」の表示が一般的 |
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これはどういうことでしょうか?
同Webページを開いてドラッグしてみるとわかりますが、左上の区名表示は画像として配置されているのに対して、「葛飾区」の表示になっている個所はすべて配置されています。
私たちがパソコン上で利用している「MS明朝」や「MSゴシック」などの日本語フォントではこの漢字が「葛」の字形でデザインされていて、葛飾区が正式名称だとする方の字形ではデザインされていません。そのため、葛飾区では苦肉の策として、Webページのタイトル部分では画像を用いて同区の正式名称を表現し、Webページ本文では「葛」字で済ませているのです。 |
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多くの漢字の字形を変更した1983年の改訂 |
「MS明朝」や「MSゴシック」などの日本語フォントがこの漢字を「葛」形で収録しているのは、もちろんマイクロソフト社が勝手に行ったことではありません。Windowsに標準添付している日本語フォントはJIS漢字に準拠しています。
最初に開発された1978年のJIS漢字の規格書を見ると、この漢字は葛飾区が正式名称とする「人」+「」の字形で掲載されています。しかし、1983年に改訂された規格書を見ると、現行の「ヒ」の字形、すなわち「葛」へと変わっています。
1983年の改訂時に変えられたのは、この漢字だけではありません。
まず、「堯」「槇」「遙」「瑤」の4字はそれぞれ「尭」「槙」「遥」「揺」といった簡略化された字体に置き換えられたうえで、従来第一水準にあった「堯」「槇」「遙」「瑤」の4字はそれぞれの字形のまま、第二水準の末尾に追加されました(図3)。 |
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【図3】
1978年規格→1983年規格で簡略化された漢字 |
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また、従来、第一水準にあった「鰺」「鶯」「竈」「壺」などはそれぞれ第二水準に「鯵」「鴬」「竃」「壷」といった簡略化された字体の漢字が収録されていましたが、1983年の改訂時にこれら22組の漢字について第一水準と第二水準の入れ替えが行われました(図4)。 |
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【図4】
1978年規格→1983年規格で入れ替えられた漢字 |
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さらに規格書に掲載された300字近い漢字の字形が変更されました(図5)。今回取り上げた葛飾区の「葛」字もその結果として「産まれた」漢字の1つだったのです。 |
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【図5】
1978年規格→1983年規格で字形が変わった漢字 |
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JIS C 6226は6300字ほどの漢字を収録していますので、そのおよそ5パーセントにあたる漢字の字形が一気に変えられたワケですが、その数があまりに多いことから、1978年規格に掲載された字形を「旧JIS」、1983年規格に掲載された字形を「新JIS」と呼んで区別する場合もあります。
数が多いだけでなく、その中には上掲の葛飾区のように地名や人名など、固有名詞に関わる漢字も含まれていたことから、さまざまな混乱をもたらしました。
今日のように、Windowsパソコン一色となる前、日本国内で圧倒的な市場シェアを持っていたのは日本電気(NEC)のPC-9801シリーズでしたが、このPC-9801は最初のJIS漢字すなわち1978年の規格書に掲載された字形に準拠した漢字ROMを搭載していましたので、PC-9801を使う限りは例えば葛飾区の「葛」字なども同区の望む字形で表示・印刷することができました。しかし、間もなく登場したPC-9801の互換機やサードパーティ製のプリンタなどではより新しい1983年またはその後の1990年の改定版規格書に準拠する機種が多かったため、「PC-9801で作成した一太郎文書を互換機で開くと、一部の漢字の字形が変わってしまった」「モニタ上と印刷結果で一部の漢字の字形が異なる」といったトラブルを引き起こしたのです。当時、一般紙でも取り上げられた「旧JIS・新JIS問題」です。
では、1983年のJIS改訂において、なぜ、これほど大規模な字形の変更が行われたのでしょうか? その謎解きは―――次回に。 |